大判例

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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1745号 判決 1960年1月20日

控訴人 野村志朗

訴訟代理人 阿部甚吉 外二名

被控訴人 奥谷匡一 外一名

訴訟代理人 上辻敏夫 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人勝訴部分を除いた部分を取り消す。被控訴人両名の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人両名の負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出援用認否は、被控訴人ら代理人において甲第一号証中「二、四阡参拾円夜具一組」とあるのは、奥谷末子の遺骸とともに棺に入れたものであると述べ、控訴代理人において、当審証人福井等の証言、当審における控訴人本人尋問の結果を援用すると述べた外、被控訴人らと控訴人に関する原判決の事実記載及び更正決定と同一(但し、原判決二枚目表一二行目に「四番町」とあるのを「四番丁」と、同二枚目裏一行目に「脳挫減」とあるのを「脳挫滅」と、同四行目に「舗道」とあるのを「歩道」と、同三枚目表一一行目に「非嘆」とあるのを「悲嘆」と、同三枚目裏末行及び同五枚目裏五行目に「葵妙子」とあるのを「蔡妙子」と、同五枚目表三行目に「捨つて」とあるのを「拾つて」とそれぞれ訂正する。同五枚目裏六行目から七行目に「、被告会社代表者竹内四郎」とあるのを削除する。)であるから、これを引用する。

理由

控訴人が昭和二八年七月三一日午後五時三五分頃丸京運輸株式会社所有の普通貨物自動車(大-二〇六一一号)を運転して、大阪市南区難波新地四番丁一八番地先の道路を西進中被控訴人らの末女奥谷末子に右自動車を接触させ、そのため同女が脳挫滅の創傷を受け即死したことは、当事者間に争がない。

成立に争のない甲第二ないし第四号証、乙第一ないし第五号証(乙第一ないし第三号証中後記信用しない部分を除く。)、原審証人蔡妙子、高島明の各証言、原審及び当審証人福井等の証言の一部(後記信用しない部分を除く。)、原審における被控訴人ら両名各本人尋問の結果、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果の一部(後記信用しない部分を除く。)、原審における検証の結果を総合すると、本件事故発生の前記場所は東西に通ずる通称溝の川筋を御堂筋から西へ約八二メートル余入つた道路上で、右道路は、巾約八メートルの平坦な直線道路で、道路の両端はそれぞれ一、五メートルの石畳で舗装され、中央部分約五メートルがアスフアルトにより舗装されている人道と車道の区別のない道路であつて、道路の両側には各種商店、飲食店が並んでいるが見透しは良く、歩行者、自転車の通行は相当あるが、自動車の往来は比較的閑散な場所である。控訴人は、前記貨物自動車を運転して同日午後五時三五分頃時速約一〇キロメートルの速力で前記道路を東から西に向い進行中、前方注視の義務を怠つたため、たまたま本件事故現場の北側の被控訴人ら方から大人用の下駄を履いて出て来て近所の駄菓子屋へ行くため右道路の北側中央寄りを西に向つて歩いていた被控訴人らの六女奥谷末子(満四才)の姿に気がつかず、自己の運転していた前記貨物自動車の右前泥除けの部分を同女の後から突き当てて顛倒させ、右側後車輪で頭の部分を轢き、脳挫滅により同女を即死させた。当日は晴天で現場附近には見透しを妨げるものや反対側から進行してくる自動車もなかつた。以上の事実を認めることができる。乙第一ないし第三号証の各記載、原審及び当審における証人福井等の証言、控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲の他の証拠と対比して信用しない。控訴人は、被害者末子は、事故発生当時大人の下駄を履き自宅表の道路で遊んでいたが、控訴人の操縦する貨物自動車が東から進行して来てその場を通り過ぎた瞬間、アスフアルトの窪地に足を踏み入れて顛倒し、右貨物自動車の後車輪に触れて死亡するに至つたと主張し、原審における検証の結果によると、本件事故により被害者奥谷末子が顛倒させられた附近にはアスフアルトのはがれたところや凹んだところがあつたことを認めることができるが、被害者奥谷末子が控訴人主張のように顛倒したため本件事故が発生したとの主張にそう原審証人福井等の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は、原審証人蔡妙子、高島明の各証言、原審における被控訴人奥谷匡一本人尋問の結果と対比して信用できないし、他に右主張事実を認めて前記認定をくつがえすに足る証拠はないから、右主張は採用することはできない。そうすると、控訴人は自動車の運転者として当然なすべき前方注視義務を怠り、自己の運転する貨物自動車の進路を歩いて居た奥谷末子を認めることができず、従つて何ら危険を防止する手段をとらなかつたため本件事故を発生させたことが明らかであるから、控訴人には過失の責があるといわなければならない。

控訴人が、被害者奥谷末子及びその両親である被控訴人両名に与えた精神的損害及び被控訴人奥谷匡一に対して加えた財産的損害を賠償する義務があると認めるその余の理由、被控訴人両名の請求する慰謝料及び損害金の金額中、原判決の認定した限度で正当として認容すべきものとする理由及び控訴人の被控訴人両名に幼児の監護義務を尽さなかつた過失があるとの主張を排斥すべきものとする理由は、次に掲げるものを付加する外、原判決の理由記載と同一(原判決七枚目裏八行目から同九枚目まで。但し丸京運輸株式会社に関する部分を除く。)であるから、これを引用する。

被控訴人らは、被控訴人らの六女奥谷末子の被つた精神的損害に対する慰謝料請求権を相続したと主張するので考える。大審院の判例によると、身体傷害により死亡した者の慰謝料請求権は、被害者がその生前に請求の意思を表明した場合に限つて相続の対象となり(大審院昭和二年(オ)第三七五号、同年五月三〇日判決参照。)、他人の不法行為により身体を傷害されたため精神上の苦痛を受けた者が加害者に対し有する慰謝料請求権は、被害者の一身に専属し、被害者の死亡とともに消滅し、相続人はこれを相続すべきものでなく、ただ被害者がその慰謝料請求の意思を表明した場合には該請求権は金銭の支払を目的とする債権となるから、移転性を有し被害者が死亡した場合相続人がこれを承継するものとされている(大審院昭和二年(オ)第七一一号、同年一二月一四日判決、大正八年(オ)第八〇号、同年六月五日判決、大正二年(オ)第一七二号、同年一〇月二〇日判決参照)。本件の場合には被害者奥谷末子が慰謝料請求の意思を表明したことを認めることができないから、右判例に従えば、奥谷末子の慰謝料請求権は相続性を欠くこととなる。しかし、右解釈は正当なものでなく、いやしくも精神的利益の侵害があれば慰謝料請求権は当然発生し、被害者が行使の意思を表明しないで死亡した場合、放棄、免除等の特別の事情のない限り慰謝料請求権は相続されるものと解するのを相当とする。その理由は次のとおりである。

(1)、不法行為によつて傷害を被りそのために死亡(即死)した場合、得べかりし利益の喪失による損害に対する賠償請求権はその傷害の瞬間被害者に発生し、その相続人がこれを承継することは、大審院判例(大審院昭和一六年(オ)第八四三号、同年一二月二七日判決、民集第二〇巻一四七九頁、大正一四年(オ)第七三二号、同一五年二月一六日判決、民集第五巻一五〇頁、大正九年(オ)第八八号、同年四月二〇日判決参照)の判示するところであり、もとより正当な解釈である。そして、民法は不法行為による損害賠償につき財産上の損害賠償と精神上の損害賠償とを別異に取り扱つていない(第七一〇条参照)のであるから、慰謝料請求権についても、傷害の瞬間に当然被害者に発生し、被害者が右請求権の不行使の意思を表明をしない限り、相続人により相続されうるものと解するのを相当とする。

(2)、もし最初に掲げた判例のように、被害者がその生前に請求の意思を表明した場合に限り相続の対象となるとの見解に従えば、被害者が幼少又は精神病等による意思無能力者である場合には慰謝料請求権の発生を否定しなければならないこととなり、その不当なことは明らかであろう。また慰謝料請求権が一身専属的なものであると解し、一身専属性を強調すれば、被害者の死亡により慰謝されるべき主体が存在しないこととなり、たとえ被害者がその生前権利行使の意思を表明した場合でも慰謝料の相続性を否認すべきであろう。もつとも最初に掲げた判例の立場をとつても、慰謝料請求権の不承継の事実は、民法第七一一条の規定による被害者の近親者の固有の慰謝料の額を定める場合に増額の資料として考慮されるから、実際上慰謝料請求権の当然相続性を認める場合とほぼ同一の結果となり、公平及び妥当性を欠くことはないとの見解もあろうが、民法第七一一条は被害者の父母、配偶者及び子が固有の慰謝料請求権を有することを規定したものであつて相続の対象である慰謝料請求権とは被害法益を異にするばかりでなく、同条に列記されない被害者の祖父母や孫が相続人である場合には当然相続を認めるか否かにより重大な差異を生ずることとなり、公平、妥当を欠く場合があることとなる。

(3)、最初に掲げた判例の見解によると、被害者が傷害を受け死亡するまで意識があつた場合には、請求権行使の意思を表明することができるが、即死の場合や人事不省に陥つたまま死亡した場合には権利を行使することができないで慰謝料請求権の相続性を欠くこととなり、不法行為により被害者が傷害を受けたが死亡するまで意識があつた場合よりも、即死又は人事不省に陥らせたまま死亡させたような重大な結果を与えた場合にかえつて被害者やその相続人に不利益な結果を生ずることとなり、きわめて不当である。

既に認定したところにより明らかなように、被害者奥谷末子は本件事故当時満四才の幼児であつたが、満四才の幼児であつても、本件事故がなければ将来永く生存し得たであろうに、本件事故により若い生命を奪われたのであるから、重大な精神的損害を被つたものというべきであつて慰謝料請求権を取得することは勿論であり、被控訴人両名は父母として右請求権を当然相続したものというべきである。

被控訴人両名は、前認定のように本件事故により愛児を無惨な死により失つたのであるから、これにより精神上重大な苦痛を被つたものというべく、前に説明したとおり、相続による慰謝料請求権とは別に、控訴人に対し民法第七一一条による固有の慰謝料請求権を有することは明らかである。又被控訴人奥谷匡一は、被害者奥谷末子の扶養義務者であるから、同人が奥谷末子のため営んだ葬式に要した費用は、本件事故により被つた財産上の損害というべきであるから、控訴人に対しその損害の賠償を求めることができるものといわなければならない。

以上と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 裁判官 山内敏彦)

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